プロフィール

現職

2016年

衆議院議員
所属委員会:文部科学委員会・北朝鮮による拉致問題に関する特別委員会

民進党大阪府連代表
民進党「次の内閣」ネクスト文部科学大臣就任
学校法人中央大学理事

経歴

第6期 (2014-2016)
2016年

民進党結党

民進党大阪府連代表

民進党「次の内閣」ネクスト文部科学大臣就任

緊張感のある健全な政治の実現と、幅広い政治勢力の結集をめざし、民進党の結党に尽力。

オリンピック・パラリンピックの準備状況について国会報告、国民への情報公開を求める議員立法を国会へ提出した。また、若い世代の教育負担の軽減の必要性を訴え、給付制奨学金の創設、幼児教育から高等教育までの授業料を無償とする教育無償化を推進する法案を策定した。

2015年

民主党「次の内閣」ネクスト文部科学大臣就任

民主党大阪府連特別代表就任

内閣官房長官として危機管理に携わった経験から、安倍内閣の安易な解釈改憲や安全保障法制の拙速な整備を、国会内外で厳しく追及。国民の十分な議論と理解の上に、現実的な安全保障体制を築く必要性を訴える。

水膨れした新国立競技場の建設費問題やエンブレム問題など、様々な問題が噴出している東京オリンピック・パラリンピックについて、安倍内閣の無責任なガバナンスを国会で厳しく追及。

子どもの自殺やいじめが後を絶たず、教育現場の環境が年々厳しくなっていることから、1クラスを35人以下とする少人数学級を民主党政権において小学校1,2年まで実現してきたが、これを小中学校全学年に拡大する35人以下学級法案を議員立法として国会へ提出。

2014年

学校法人中央大学理事就任

第47回衆議院選挙で民主党近畿比例区にて六期目の当選を果たし、国政へ復帰(12月)

第5期 (2009-2013)
2013年

拓殖大学大学院客員教授就任

中央大学学員会副会長就任

枚方・交野のまちの現状を自らの目で把握するとともに、地域の皆さんがいま抱えておられる悩み・課題をうかがうべく、政治活動の原点に返り、二年間地域を歩く取組みを続けた。いっぽうで、人口減少やまちづくり・住宅政策、エネルギー問題などこれからの日本の直面する課題について各地で講演を行った。

2012年

野田改造内閣において文部科学大臣に就任(1月~10月)
衆議院国土交通委員長(10月~)
第46回衆議院議員総選挙において次点。

社会問題となっていたいじめ問題に国として対応に乗り出したほか、科学の甲子園ジュニアの創設、大学改革の推進など、教育・科学技術・文化・スポーツの各分野で数多くの実績を残すとともに、2020年オリンピック・パラリンピック競技大会の東京招致に取り組み、一次選考突破に貢献。

2011年

衆議院安全保障委員長
民主党大阪府連代表に再任(6月)
国会対策委員長に就任(9月)

東日本大震災の発災を受け、安保委員長として政府と協力し、被災地へ過去最大となる十万人規模の自衛隊を派遣。また米軍とのパイプを生かし、アメリカのトモダチ作戦の円滑な実施に力を尽くした。

参議院で少数与党となった政権を支える国対委員長を任され、円滑な国会運営を実現。特に震災からの本格復興予算の迅速な成立に功績を残した。

2010年

衆議院安全保障委員長に就任(10月)

マニフェストの実現に引き続き取り組むとともに、防衛大綱の全面改定などの新たな改革を指揮。いっぽうで、沖縄問題をはじめ政権の難題応を一手に引き受け、対応に尽力した。

2009年

第45回衆議院議員選挙(8月30日)にて平野博文五期目当選
鳩山内閣のもとで第七十七代内閣官房長官に就任(9月)

民主党役員室長として国会戦術、選挙戦を取り仕切り、政権交代を実現。

「霞が関主導から官邸主導へ」「官僚の天下りの全面禁止」などの政治・行政改革に取り組んだほか、子ども手当や高校授業料の無償化など、マニフェスト政策の実現に取り組んだ。

第4期 (2005-2008)
2008年

民主党幹事長代理
国家基本政策常任委員会筆頭理事

東海研究開発センター原子力科学研究所を視察し、文部科学委員会にて核廃棄物の安全処理等について質問・要請
民主党臨時党大会にて党実務の要として幹事長代理として再任
国家基本政策常任委員会筆頭理事に就任

2007年

民主党国会対策委員長代理を経て、民主党幹事長代理に就任

参議院選挙で与党議席を過半数割れに追い込む。民主党は60議席を獲得し参院第一党に(合計109議席)。府連代表として大阪選挙区でも陣頭指揮し、民主党新人候補を128万票の大勝利に導く。
枚方市長選挙において市政を立て直せる人物を自ら人選し、民主党推薦候補として当選果たす。
大阪市長選挙において与野党対決に勝利し、大阪市政に戦後初めてとなる民間出身の市長を誕生させる。

2006年

文部科学常任委員会筆頭理事
民主党総合調整局長、国会対策委員長代理を兼任
懲罰常任委員会筆頭理事
臨時党大会にて、国会対策委員長代理に再任

中国上海市・杭州市訪問。市政府要人と意見交換
議員活動10周年(10月20日)を迎える

2005年

国家基本政策常任委員会委員
文部科学常任委員会筆頭理事
民主党幹事長代理
民主党総務局長
民主党総合調整局長
ユネスコ国内委員会委員
民主党シンクタンク「公共政策プラットフォーム」 監事

仙谷政調会長(当時)らと和歌山の農業視察を実施
民主党を代表して各党と交渉し、年金改革の超党派協議会設置を実現
民主党特殊法人等改革推進本部の本部長代理として、特殊法人の天下りの問題解明に取り組む
民主党議員年金制度検討小委員会の主査として、議員年金廃止案をまとめる
政策大綱「この国を一新。?日本の未来その確かな選択へ?」を発表
第44回衆議院総選挙 平野博文V4(9月11日)
党機構改革を企画・推進
フィリピン訪問。政府要人と意見交換

第3期 (2003-2004)
2004年

民主党国会対策委員長代理
民主党調査局長
民主党幹事長代理
文部科学常任委員会筆頭理事

決算行政監視常任委員会分科会にて、源泉徴収・年末調整制度の見直しを財務大臣に要請
医療事故根絶を目指し取り組んだ、薬学教育6年制の関連法案が可決・成立
文部科学委員会にて、公益法人の補助金不正受給を追及
文部科学委員会にて、学習障害児に対する支援の充実を求める
衆議院・公式海外派遣でモンゴル・ロシアなどを歴訪
中国東北部を視察

2003年

文部科学常任委員会
内閣常任委員会 委員
民主党大阪府連代表に就任

国内の対人地雷廃棄が完了(地道な活動が実を結ぶ)予算委員会分科会にて、大阪における空港整備、道路整備の遅れを追及
民主党・薬学教育制度問題ワーキングチーム座長として、医療事故のない安心の医療を目指し、薬学部6年制化の実現を働きかけ
民主党・公務員制度改革プロジェクトチーム事務局長として、公務員制度の抜本改革案をまとめる
文部科学常任委員会にて、理念無き国立大学法人化と政府の虚偽答弁を追及
文部科学常任委員会にて、原子力発電の安全に対する責任明確化を求める一方、大学での原子力研究や宇宙科学国際PJ、海洋などの研究に国の責任で取り組むよう要求
内閣常任委員会にて、架空請求メールによる詐欺事件に、より迅速な対応を求める
「安全・安心住まいの会」設立、会長に就任
第43回衆議院総選挙 平野博文V3(11月9日)
民主党奨学金ワーキングチーム座長として、奨学金改革の法案化を進める

第2期 (2000-2002)
2002年

文部科学常任委員会筆頭理事
決算行政監視常任委員会委員
国土審議会 特別委員
民主党国会対策副委員長
民主党広報・宣伝委員長

「平成ニューディール」出版(PHP研究所)日本再生への緊急提言!
加藤紘一元自民党幹事長の疑惑を追及(予算委員会参考人質疑)
マジックマッシュルームの規制が実現(政令改正)
財務省が所管する「(財)自治体国際化協会」の不正航空券問題を追及
民主党・科学技術政策検討チーム設置、座長として科学技術政策取りまとめ
文部科学委員会で帝京大学医学部不正寄附金問題を追及

2001年

民主党副幹事長
文部科学常任委員会筆頭理事
決算行政監視委員会委員
沖縄及び北方問題特別委員会委員

少人数学級の実現と教育の地方分権の拡大を目指し、30人学級法案を提出
民主党・教科書問題検討ワーキングチームを設置。座長就任。鳩山代表(当時)らとともに韓国を訪問(教科書問題検討ワーキングチーム座長として同行)
国の薬物対策の怠慢を追及、青少年の心身を蝕む薬物(マジックマッシュルーム)規制を求め、厚生労働省から規制の確約をとりつける日本の文化芸術の発展・基本方針を定める超党派による法案(文化芸術振興基本法案)を取りまとめて法案を提出し、成立へ導く

2000年

第42回衆議院議員選挙2期目当選
科学技術常任委員会筆頭理事

予算委員会分科会にて、デジタル放送の早期実現を要請
連合の「年金改革等国会請願1000万人署名」を紹介議員として衆議院議長に提出
明日香村法案の審議に先立ち、明日香村現地視察 村民、国民の手による明日香村の保存を内閣へ要請

第1期 (1996-1999)
1999年

民主党国会対策副委員長

民主党大阪府連幹事長就任

科学技術常任委員会理事

行政改革特別委員会にて、「産業廃棄物は、国土の不良債権である」地方に権限がない処分場の問題は、国が責任を持って解決にあたるよう要請
行政改革を無視した省庁半減という数合せだけの中央省庁改革関連基本法案(政府案)に対し、本会議討論で政府・与党の姿勢を厳しく批判
リサイクル、環境への意識高揚と国営河川公園をより開かれた地域の場とする目的で「テクテクドンドン 国際水辺のマーケット」を主宰し開催をはじめる

1998年

民主党入党
建設常任委員会委員
行政改革特別委員会委員

公共事業の透明性、効率性の確保に向け、情報公開など、公共性の基本的方針の転換を政府・関係省庁に求める
道路整備緊急措置法で政府案に対し民友連が対案を提出。提出者として初の本会議場壇上での答弁。
参議院選挙にて民主党が行った大阪?東京1000キロ駅伝に参加、政策をアピール

1997年

外務常任委員会委員

ロシアタンカー重油流出事故で福井県の現地へ、危機管理体制の確立提言
外務常任委員会にて初の国会質問、香港の返還に関する日米中の課題、ペルー大使館問題など、政府・外務省の対応を指摘
重油流出事故義援金チャリティーイベントを開催。義援金を福井県へ
米軍基地の土地使用特別措置法に絡み、沖縄県の米軍基地視察
対人地雷全面禁止推進議員連盟副会長として、対人地雷全面禁止条約の締結に向け橋本首相(当時)に要請
長崎県「諫早湾干拓事業現場」視察
ODAの現状視察のため、東南アジア、台湾など視察
スリランカにて対人地雷で手足を失った子供たちに義肢・義足を送るチャリティー、日本スリランカミュージックフェスティバルを主催テクドンフォーラム「ぼーだれす音楽祭&シンポジウム」開催
第2京阪国道、関空2期工事の早期着工を関係省庁に要請

1996年

第41回衆議院議員選挙に無所属で初当選
外務常任委員会委員

住専問題での血税導入に反対し、署名活動・国会請願行動を行う
民主党(旧)と「行政監視院法案」(GAO法案)共同提出 ・枚方市杉地区の地滑り災害に対し、対策を建設省ならびに府に要請

第0期 (1949-1995)
1995年

総選挙に備えて政治活動に奮励する

1994年

大阪11区から積極的無所属で出馬表明

1971年

中央大学卒業
松下電器産業株式会社入社

1949年

3月19日和歌山県伊都郡かつらぎ町生まれ

実はこんな人です

一番の相談相手はやっぱり家族

奥さんと一男二女の5人家族。 仕事柄、とかく物事を難しく考えしまうことが多くある。
そんな時、やっぱり頼りになるのが素直な目を持った妻と息子や娘たち。 市民派政治を貫く平野博文にとっては、家族は大切な羅針盤。

自分の足で確かめる行動派

紙に書かれたデータや机の上の理論ではなく、 自ら出向いて得た情報こそ、活きた政策に結びつく、と信じている。
市民とともにテクテク歩いてドンドン勉強する ウォークイベント「テクテクドンドン」も回を重ねるごとに内容が充実。 足で確かめる政策づくりはさらに膨らむ。

見た目は無骨だが人情派

身長179cm、体重72~73kg。 細身だが、体力維持と気力の充実を保てるよう努力している。顔つきは一見いかつく見えるが、人情に厚く涙もろい。 正義感と行動力で、市民の立場での政策実現に意欲を燃やす。

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